将来に進むのが怖い

今度、恋人が私の家族に挨拶に来る。

家族と恋人が顔を合わせることは初めてなので、なんだかすごく緊張する。一番緊張するのは私ではなく恋人なんだろうが、私だって緊張するのだ。

父にはこれまで恋人の存在すら話していなかった。私の外泊の頻度や態度から、なんとなく察してはいたのだと思うが、言葉で明示するのはこれが初めてだ。母から父に「カヲルの彼氏が挨拶に来たいんだって」と伝えてもらった。父は「えっ、うん」と言った。私が聞いたのはその一言だけ。父はどう思っているんだろう。

将来に向かって道ができていく。これからしばらくしたら、私と恋人は一緒に暮らし始めて、結婚して、子どもができたりするんだろう。彼の転勤に合わせて引っ越したり、ひょっとしたら海外に住む機会もあるのかもしれない。こうやって先が見えていくのは、キラキラして見えるけど、怖くもある。人生が大きく変わる、そんな時期に私は足を踏み入れているのだとここ数日で実感している。怖い。生活が、日常が、見える世界が変わるのが、怖い。朝起きて、動画を見ながら身支度をして、朝食を食べて、電車に揺られて職場に向かい、仕事をして、また電車に乗って帰宅し、ゲームをして、本を読んで、お風呂に入って寝る。いつまでもそこにあると思っていた日常が、実はあと数か月しか残っていないことに、最近になってやっと気が付いた。週5日働いて、土日は恋人と会って、母と買い物に出掛けて、家族のいる家でお酒を飲みながらご飯を食べて、新しい週を迎えていた。そんな週末の過ごし方も、ひょっとして、あと数回分しか残っていないんじゃないか。

生活ががらりと変わっても、私のすべてがなくなってしまうわけではない。むしろ、そこには恋人との新生活が待っている。新しい部屋、新しい家具、二人の好きなものが半分ずつ混ざり合う空間。週に1度しか会えなかった恋人が、毎日家にいる。休日はお互いに好きなことをして、たまにじゃれ合って、一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったりして過ごすのだろう。それはすごく楽しみだし、私もそんな生活を夢みて過ごしてきた。どこに部屋を借りようか、家具はどんな色のものにしようかと話すのは、とても楽しい。

でも、その裏で後ろめたさがよぎる。私が実家を出たら、私だけでなく、家族の生活も変わる。母が一人になってしまう気がする。しばらくは、私がいなくても妹がいる。でも、妹も就職のタイミングで間もなく家を出て一人暮らしをする。そしたら、母は?うちは、両親が必要最低限しか言葉を交わさない。いつからだったかは思い出せないが、両親はそういう関係になっていた。我が家は父の両親と同居している。居住スペースは別なので、あまり関わる機会がないとはいえ、娘二人がいない家に母が残ったら、きっと肩身が狭いのではないか。父と会話することもなく、母の話し相手はこの家にはいなくなってしまうかもしれない。

昨日の夜からずっと考えていても、どんどん分からなくなっていく。私は、自分が家族のもとを離れるのが寂しいのだろうか、それとも母を一人にするのが後ろめたいのだろうか。手放しで新生活に期待を膨らませることができない。どこかで、何に対してなのかもわからない申し訳なさが募る。

きっと、勢いのままに新しい環境に飛び込んでしまえば、何も思わなくなるのだと思う。私も、母も、恋人も、新しい生活に慣れていく。まるでずっとそうだったかのように、次の生活が当たり前のようになっていく。過去のことは良い思い出として、胸の中に仕舞われていく。懐かしい思い出。

色々なことが頭の中で交錯して、パンクしそうになる。恋人のこと、家族のこと、職場のこと、諸々の面倒な手続きのこと、今日の夕食のこと、昨日見たテレビのこと、好きな歌手の新曲のこと。自分にとって何が大切なのか、見失いそうになる。全部大切だし、全部どうでもいい。そんな感覚に沈みそうになる。

こんなにあれこれ考えてしまうのも、きっと低気圧のせいだということにして、今日も眠る。